べつにお前がいなくても

2022-01-21

(あー、神堂さん、本当に慣れてないんだな。慣れてるほうがへこむからいいけどさ。でもおれ、こんなこと、神堂さんにしてもらっていいのかな……)
 むず痒くなるような刺激を受けながら、御厨は半ば呆けたようにして、自身のペニスを咥え込む男を見下ろしている。
 男は時折顔を僅かに歪ませている。だがそれは嫌悪というよりも、慣れない行為へのとまどいに近いようだった。音を立てしゃぶってみたり、尿道口を啜ってみたりして御厨の様子を伺っているが、どこか普段の彼よりも自信がないように、御厨には見えた。
「御厨、こうか……?、んぐ、」
「はい、……すげー良いです、神堂さん」
「ならよかった……」
 男は御厨の股ぐらに顔を埋めたまま目を細めて微笑んだ。それは御厨と彼――神堂が出会ったばかりの頃、御厨に向けた笑顔と、何も変わっていなかった。
 神堂と御厨が初めて身体を重ねてからひと月、一度してしまえば自然と「そういう雰囲気」になればお互い何をしたいのかは嫌でも察することになり、アルコールを入れて気怠く火照った身体を押し付け合うように、二人はその身体をベッドに落としていた。
 神堂にペニスをしごかれ、咥え込まれながら、御厨は熱の篭った頭の中でなんとか思考を保っている。もともと男同士でするセックスの中で、どちらが入れるだとか入れないだとかが重要であることは間違いないにせよ、愛撫をするのはどちらなのか、それともどちらもなのか、御厨には分からなかった。けれど少なくとも、自分の性器があこがれの人の口内を犯すことになるとは思っていなかった。(……これは男にしか味わえないな)御厨は神堂の髪をさらりと撫でた。
 「俺ばかりが『される』のも、なんというか、悪い気がする。俺もお前に、『して』やりたいと思ってる」。それが神堂の言葉だった。気がつくと御厨は、「神堂さんにしゃぶってほしいです」と馬鹿正直に答えていた。
 端的に言えば、神堂はしゃぶることに関して下手くそだった。処女のほうがまだ上手くしゃぶるかもしれないとさえ御厨は思う。当然と言えば当然で、神堂は女すらさほど抱いたことがなく――初めて抱いた女をいまだに想う実直な男が彼であり、そして男を抱いたのは御厨が初めてである。そんな男が、恋人でもない御厨の性器を、恋人にするように咥え込んでいる。そしてこれから、恋人にするように御厨を抱いて、彼の身体を内側から犯しつくすのだ。
「……おれ、幸せです」
「どうした、突然」
「すみません、っあ、気持ちよくてつい」
 こぼれ出てしまった言葉を誤魔化して御厨は腰を引く。手持ち無沙汰になった神堂が、親指で唇を拭いながら小首を傾げる。
「神堂さん、もう大丈夫です、このままだと出ちゃうんで」
「もういいのか?」
「はい。……えっと、あの、おれ、ケツの始末、もうしてあるんですけど。……神堂さんは、どうですか?」
 無意識の舌舐めずりをして、御厨はいつものようにへらりと笑った。いや、『いつものように見えるように』へらりと笑ったのだった。神堂はなんとなくばつが悪そうに「おう」と答える。彼のスラックスが勃起した肉によって押し上げられていることに、御厨は息を呑んだ。

 神堂は優しい。御厨はそんな彼の優しさを愛しているし、しかしもどかしくも思っている。雄に犯されるためのメスの体位――尻をつき出すような間抜けな体位だと自嘲する――で神堂を誘い、今すぐにでも犯されたいと待ち望むが、神堂は彼に丁寧な愛撫を行って、知ってか知らずか焦らし続けるのだ。
 ローションが垂れ落ちた神堂の指がゆっくりと御厨の中に沈んでゆく。その冷たさに御厨は思わず身体を強張らせる。もう何度も貪るようなセックスを繰り返しているというのに、神堂はそのたびに「つらいか?」と御厨を気遣う。(早くめちゃくちゃにしてほしい。ケツ穴擦り切れるくらい神堂さんにぐちゃぐちゃにされたい)そんな言葉を飲み込んで、御厨はいつものように笑うのだった。
 腸壁にローションをすり込むように、太く力強い神堂の指が御厨の中をずぶずぶと動く。ぞわぞわと背筋がさわぐ。ふ、と浅く息を吐くと、シーツの上に先走りがぽたぽたと落ちる。もどかしさに腰を小さく揺らすが、神堂は「こら。傷つくとおまえがつらいぞ」と腰を掴んで静止した。(女にもこんな風にしてたのかな)丹念にほぐされてゆく中で、排泄器官が交尾のための臓器に変わっていく。射精したがるように自身のペニスがぴくぴく動くのを、御厨は「おまえは正直だね」と鼻で笑った。
 それからしばらくもしないうちに、神堂の指は引き抜かれた。背後で鉄と革、それから布が擦れる音がする。それから、少しだけ荒くなった呼吸音。
「御厨……いいか?」
 背後からのしかかる神堂の体重、それから尻に擦付けられる神堂の熱。御厨は高鳴る自分の心臓の音と、神堂の吐息を聞きながら、小さく頷いた。
 一気に腸壁が押し拡げられ、鈍い重みが御厨の身体に深く突き刺さる。もう何度も味わっている感覚だったが、肺まで抉られるような衝撃に、御厨の息がつまる。「ひぁ、」快感そのものを叩き込まれたような重みに、御厨は身体を震わせて、小さく果てた。
「し、神堂さ、お、おれ」
 少しだけ待ってください、御厨がそう懇願する間もなく、神堂は腰を引き抜いて、勢いよくもう一度叩きつける。もう一度抜く。御厨の尻肉を強く掴み、さらに強く腰を叩きつける。
「お゛っ、!し、どぉさ、待っ、」
「悪い、我慢できねえ」
 飢えた獣のような声で神堂が囁く。(あ、おれ、神堂さんにころされる)じわりと自分の腹が熱くなるのを御厨は感じていた。
 肌のぶつかる音と水っぽい音が部屋に響く。内臓を押し上げられ、引きずり出され、また奥深くへとねじ込まれる。痛みに近い快楽に、御厨の目には涙が浮かぶ。御厨がもどかしく思うほどに丁寧な愛撫をする男が、今や御厨の身体に夢中になって、乱暴な抽送運動を繰り返している。興奮でくらくらしそうだと御厨は思った。
「御厨、御厨……」
「あっ、あ゛、神堂さん、っは、もっと、しんどうさんの、すきにして、」
「ああ……」
 御厨の尻肉を掴む手の力が強くなる。ごり、ごり、と亀頭が御厨の前立腺をえぐるたび、御厨のペニスからは先走りとも精子ともつかない体液がだらだらと垂れ、シーツのしみが広がっていく。脳ごと揺さぶられ、直接快感を注ぎ込まれるような抽送運動に翻弄されながら、まるでガキみたいな漏らし方だなぁと御厨は思う。
 そんな御厨のペニスを神堂が掴んだ。そして彼は上体を折り、御厨の首元に顔を埋める。神堂はすんすんと御厨の匂いをかいで、それから犬のように、彼の首筋に噛み付いた。犬歯が深く食い込み鋭い痛みが走る。けれどそれは今の御厨にとって快感のひとつでしかない。びくびくと背筋がこわばる。
「うぇ゛!、?」
 御厨の上擦った声などお構いなく、神堂は御厨のペニスをしごきながら腰の動きを早めていく。前からも後ろからも与えられる刺激に何も考えられなくなる。ただただ目の前が白むほどの快感だけが、御厨を支配していた。
「で、でる、おれもう、」
「俺も出そうだ、……腹に、出していいか」
「はい、だ、だしてくださひ……ひ、あ゛、あ゛っ、でる、神堂さ、っう、あ゛」
 ぐっと一際強く突き上げられた瞬間、神堂の手の中で御厨のペニスが脈打ち射精した。それと同時に、御厨の腹の中でも熱いものが爆ぜる。神堂もまた達したのだ。その事実にぞくりと背中が震える。
(神堂さんに、種付けされた)(女がこんなの出されたら、たぶん一発妊娠だろうなぁ。ピル飲んでたって、多分関係ないだろうな。おれ、男でよかったなあ。ナマで山ほど神堂さんとセックスできるんだから……)
 セックスするたびに、神堂への執着心のようなものが満たされる気がする。神堂の精液が自分の中に注がれていると思うだけで、身体の奥が熱くなり、もっとめちゃくちゃにされたくなる。そんなことを思いながら、いまだ抜かれる様子のない熱を、御厨はじっとりと噛みしめるように味わっていた。絶頂の余韻からか、痙攣するようにびく、びくと肛門が締まる。そのたびに神堂のペニスも反応し、とろとろとした射精が続く。それが気持ちよくてたまらない。御厨はとろけて定まらない思考の中で、ずっとこのままでいたいなどと思う。
「御厨、このままもう一回……」
 腰をゆるゆると動かす神堂が、どこか自分に甘えているような気がして、神堂のこういうところがずるいなあ、と思う。
「でも神堂さん、こんなの出されまくったら、腹にガキ出来ちゃいますよ……」
 なんて、ね。御厨は「馬鹿なこと言うな」と笑って、いたずら坊主を諌めるように神堂が頭を撫でてくれることを期待していた。しかし、その手が伸びてくることはない。
 そのかわりに、神堂の熱い吐息が御厨の耳をくすぐって、ぞくりとするような言葉が吹き込まれる。
「作るか?子供」
「え、」
 冗談ですよね。振り向いて、そう言おうとした御厨の口は塞がれた。ねじ込まれた舌のせいで御厨は何も言えなくなる。御厨の中で萎えつつあった熱が再び頭をもたげ、ぐりぐりと圧迫する。ああ、本当に孕まされるかもしれない。御厨は漠然と思った。
「神堂さ、」
「俺は本気だぞ」
「待っ、」
「待たない」
 神堂は御厨の腰を掴み直し、再び抽送運動を始める。しかしそれは先程までの荒々しいものではない。ゆっくりとした、労るような甘いゆるやかな動きだ。まるで御厨の中を確かめるようなそれに、また腹の底が疼き出す。神堂のペニスの形を覚えさせられていくような感覚に、ぎゅうと中を締め付けてしまう。
 神堂はゆったりとした腰使いのまま、御厨の首筋や耳に唇を落とす。その度にびくびくと震える御厨の反応を楽しむかのように、音を立ててキスを繰り返す。
「神堂さ、んぅ、あ、……ふ、う」
「御厨、気持ちいいか?」
「きもちいい、す……しんどうさん、っは?」
「俺もだ。熱くて狭くて……」
 いままで寝たどの女よりもいいですか?あんたの思い出の女よりもいいですよね?そんなささやかな嫉妬も、白濁の中に消えていく。神堂がゆっくり腰を引くたび、中の精液が掻き出されていくようで、そのなんとも言えない排泄感にも似た快感に、御厨の口から情けない声が出る。
「あー……、あ゛、あっ、あ゛っ」
「……お前の中にいるみたいだ」
 神堂の言葉に、「おれのなかに、しんどうさんが……」とぼんやり呟いた途端、ずるっと一気に引き抜かれ、勢いよく奥まで突かれた。
「お゛っ、」
 強い刺激に喉の奥から苦しげな音が漏れる。そのまま何度も突き上げられると、脳天を揺さぶられるほどの快楽に溺れそうになる。もう何も考えられない。神堂はそのまま激しい抽送を繰り返しながら、より深く繋がろうと、体を密着させて隙間なく肌を合わせる。二人の汗ばんだ体が張りついた。
「御厨、俺の子供、っは……あ、孕んでくれるか?」
「はらみますっ、おれぇ、あんたのガキうみたい、っあ゛、あ゛」
 激しく打ち付けられる度、御厨の口から獣のような喘ぎ声が上がる。神堂もまた息が上がり、余裕のない表情を浮かべている。
 二人分の体重を支えるベッドは今にも壊れてしまいそうなほど軋んでいる。体の内側からも外側からも響く水音に聴覚までも犯されているようだ。神堂も御厨も、あまり長くは持たないだろう。
「しんどぉ、さ、おれ、おれ、のこと、はらのガキも、し、しあわせにしてくれますか、っあ゛」
 返事は無い。けれど、強く抱きしめられた腕の力強さが全てだった。
「あ 、ぁあ 、ひっぐ、ひ、ぃ、だめ、しんどっ、さ、もぉむり、むりです、」
「御厨っ、ふ、ぅ、全部、受け止めてくれ」
 神堂が強く一際深く打ち付けると同時に、御厨は背中を大きく反らして絶頂を迎えた。同時にどく、どくと中に注ぎ込まれる熱い熱に、御厨の意識は真っ白に染まっていった。

「あー。勿体な……」
 御厨はべつに、女になりたいだとか、ましてや本気で好きな男の子供を生みたいと思っているだとか、そういうことは決して無い。ただ太腿を伝ってこぼれ落ち、シャワールームのタイルの目に沿って流れていく神堂の精子を、惜しく思う気持ちはある。
 汗ばんだ肌にぬるいシャワーを当てながら御厨は思う。なんであんな恥ずかしい事を口走ってしまったのだろう。ガキがどうのだの孕むだの……。今更ながら御厨は後悔するが、それでもやっぱりあのセックスは『よかった』と思う。噛みつかれた首筋もじんわりと気持ちがよかった。「いて」……シャワーはさすがにしみるが。
 (……神堂さんは、ガキ欲しいのかな)ふとそんなことを思う。さんざん出した後、御厨の腹をしきりにさすっていた神堂が、一体どんな気持ちでいたのかを御厨が知ることはない。
 もし欲しがっているのなら、それを叶えてやることは御厨にはできない。だからと言って、女に産まれたらよかったなどと思うこともない。ただしいて言うならば、御厨の知らない、神堂の思い出の中の女を少しだけ疎ましく思うくらいだ。
 いずれにせよ、今の御厨にとってあまり意味のない事ではある。神堂は今、男の身体を持った御厨とのセックスを愛しているのだろうから。
「……あー。まだ出る……神堂さん、ほんとすげえな」
 どうせ排水口に流れてしまうなら、おれの中に全部溶けてしまえばいいのに。排泄器官から吐き出される精液を、御厨はぼんやりと眺めていた。
(さようなら、神堂さんのガキになるはずだった何か。おれはお前がいなくても幸せだよ)